さて、衆議院議員総選挙である。自民党総裁選の期間中から高市早苗現政調会長が核融合推しだったことを知った。総裁選期間中のインタビューにおいて、核融合の早期実現性への確信と、このブログでも触れた「京都フュージョニアリング」への投資が集まらない事を残念に感じていることはわかった*1。しかしながら以下の理解で大丈夫だろうか?
<以下引用>
案外技術革新は激しくて、核融合炉の場合は全く有害な核廃棄物が出ないし、海の中にある重水素といった資源だけで発電ができる。「核」とつくだけでみんな怖がるかも知れませんが、核融合炉というのはウランなどが必要ないので、最も安全な発電方法だと思います。
<引用終わり>
えー、当面核融合反応に用いられるDT(重水素トリチウム)反応の14MeV中性子による放射化廃棄物となる各種構造材は無視なのか・・・。もちろん、重水素だけのDD(重水素重水素)反応でも核融合反応は理論上起こせるが、DD反応の二つの反応のうちの一つではトリチウム(1MeV)と陽子(3MeV)が発生し、結果的に一部DT反応も起る。
気を取り直して自民党の選挙公約を見ることとする*2。ここでも高市早苗議員の核融合推しが反映されたのだろうか?
<引用開始>
〇究極のクリーンエネルギーである核融合(ウランとプルトニウムが不要で、高レベル放射性廃棄物が出ない高効率発電)開発を国を挙げて推進し、次世代の安定供給電源の柱として実用化を目指します。
<引用終わり>
私はこのBLOGで「核融合を批判的に捉えている」と感じられるかもしれないが、幼い頃に夢見た理想の核融合発電が生きている内に実現してほしいと切に願っている。まあ商業発電はかなり難しいかもしれないが。どうしても批判的な傾向になるのは、ひとえに核融合に関する説明が雑すぎるからだ。例えば、京都フュージョニアリングは相変わらず日本語説明ページにトリチウムの表記が無く三重水素で終らせている*3(2021/10/23現在)。まあ、HPを見たところ、高市議員効果のおかげか、経済産業省・令和3年度「原子力産業基盤強化事業補助金の間接補助対象事業者に採択(2021/9/15)、経済産業省 資源エネルギ特許庁の「知財アクセラレーションプログラム(IPAS)」に採択(2021/10/19)、近畿経済産業局推進の「J-Startup KANSAI」に選出(2021/10/20)という感じで順調なのはご同慶の至りではあるが*3。
ただ、現時点で最も早く商業化が想定される核融合反応(DT反応)では到底高効率発電とは言えない。将来的にプラズマ粒子密度,プラズマ温度等をより高くすればD3He(重水素3ヘリウム)反応による核融合が実現できる*4。この反応であれば、発生する粒子はすべて荷電粒子であり、粒子の運動エネルギーを効率良く直接電力に変換する、いわゆる直接発電が原理のうえで可能である*4。しかしながら3Heは地球の大気中では4Heの100万分の1しか存在しない*5。月面には地球上よりはるかに多く存在するので、月面の岩石からヘリウム3の採掘を試みる研究も行われている。また、木星大気では3Heと4Heの比率はおよそ1万分の1であった*5。ようやく月面まで到達した人類が、月面岩石や木星大気からの資源採取が可能となるのはいつの日だろうか? SFの中では実現できているが、現実世界であれば、技術的というよりもコスト的に到底見合わず、ほぼ不可能ではないか?
それでは、もっとも実現が近いDT反応による核融合発電だと、どのようにエネルギー変換されるのだろうか? それについては京都フュージョニアリング主宰の小西京都大学教授が約16年前の学会誌に投稿している*6。
<引用開始>
これら2つの経路の熱を熱媒体が(ブランケットから)運び出すことで核融合エネルギーが利用可能な形に変換されます。ブランケットは熱を中間熱交換器や蒸気発生器に供給するループが閉じて完成することになります。
~中略~
ここではトカマク型を例にしていますが,ヘリカル型や他のプラズマとじ込め,レーザー等の慣性閉じ込め核融合など,プラズマの部分が違ってもブランケットの基本的な機能は共通です。一方,同じ炉心プラズマに対しても,取り出される温度は,構成材料や熱媒体によって様々です。このため核融合のエネルギー利用系も,軽水炉と類似の蒸気タービン,高温ガス炉で考えられている高効率ガスタービン,高温熱利用など様々な可能性があります。
<引用終わり>
要は既存の原子力発電とエネルギー取り出し手段はさほど変わらないこととなる。これらの現状を全く告げずに夢を語り続けるのは不誠実ではないだろうか?
最後に、原子力学会2021年10月号に掲載されたトリチウムに関する記述を引用して終わりとする*7。天然に存在する総トリチウム量と核融合炉で消費されるトリチウム量のデータが掲載されていた。今回のトピックで示したことは、特に苦労することなく検索できる。誰しもが最新知識に手軽にアクセスできる現代社会において、従前の説明で済まそうとするのならば、原子力が自ら生みだした歪んだ安全神話に復讐されたように、現実に復讐される時が来るのではないか? もう残された時間はそれほど無いと思う。今からでも、福島のトリチウムと核融合のトリチウムに関する説明をした上で、現政府が掲げる福島のトリチウム放出方針は科学的に間違っていないことを核融合研究者の総意として発表すべきと思うのだが。そして、核融合炉でのトリチウムインベントリーの大きさに対する備え、安全対策は十分であることを同時に示すべきであろう。
<引用開始>
地球上では、宇宙線と大気中の窒素や酸素の核反応によりトリチウムが生成されている。この天然トリチウムの量は、その生成速度と壊変速度(半減期12.3年、壊変定数1.78×10-9s-1)とのバランスにより、約1018Bqとなっている。
~中略~
世界中の原子力施設から放出されるトリチウム量は1017Bq/年程度と推定されている。
~中略~
福島第一原子力発電所の処理水中のトリチウムの総量は8.6×1014Bq程度である。
~中略~
天然に1018Bqのトリチウムが存在するが、これは約1000mol(3㎏)に過ぎず、また希薄に分散して存在しているので、核融合炉の燃料としての使用には適さない。
~中略~
日欧米露中韓印の国際協力で建設が進められている核融合炉ITERでは、カナダの重水炉から回収されたトリチウム等を利用する。サイト内のトリチウム貯蔵量は3㎏(1×1018Bq)程度とされている。
~中略~
1GWの核融合出力を1か月間得るためには、約5.8㎏(2×1018Bq)のトリチウムが必要となる。
<引用終わり>
*1 「私がもし総理であれば」 高市早苗氏が総裁選で打ち出す「危機管理」の政策とは【インタビュー】、核融合炉は「2020年代に必ず実現」
https://www.j-cast.com/2021/09/03419606.html?p=4
*2 自民党選挙公約(PDF)、02.「新しい資本主義」で分厚い中間層を再構築する。「全世代の安心感」が日本の活力に。
https://jimin.jp-east-2.storage.api.nifcloud.com/pdf/pamphlet/20211011_pamphlet.pdf
*3 京都フュージョニアリングHP
https://kyotofusioneering.com/fusion/
*4 アトミカ核融合反応と熱エネルギー
https://atomica.jaea.go.jp/data/detail/dat_detail_07-05-01-01.html
*5 ヘリウム3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%A03
*6 小西 哲之、榎枝 幹男:“連載講座 よくわかる核融合炉のしくみ 第6回 エネルギー変換を行い,燃料を生産するブランケット”、日本原子力学会誌、Vol.47、No.7, pp.488-494(2005).
http://www.aesj.or.jp/~fusion/aesjfnt/rensai/rensai06.pdf
*7 波多野雄治:“トリチウムの保健物理の最前線 原子力施設でのトリチウム発生”、日本原子力学会誌、Vol.63、No.10、pp.21-25(2021).