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日本製鋼所と原子力にまつわるエトセトラ

 およそ原子力に携わる人間で、日本製鋼所室蘭製作所を知らないのはモグリとツッコまれても仕方ないだろう。日本製鋼所は、原子炉圧力容器、蒸気発生器等の大型鍛鋼品で世界シェアの約8割を占めると言われている。つまり、日本の原発だけでなく、世界各地の原発の圧力容器が室蘭で作られている*1。日本の原子力の歴史における日本製鋼所の関わりは古い。現在、廃止措置が行われている日本原子力発電の東海1号炉の圧力容器を製作した事例が最初と思われることが多いのだが、実際にはもっと早い段階で関わっていた。
 今、何かと話題になっている理化学研究所において、1959年に遠心分離技術を用いたウラン濃縮研究が開始された*2。当時の技術レベルでは困難であった1分間に2万回転以上の円筒体の試作に多くの企業が断った中で、のちの経団連会長、第二次臨時行政調査会会長となる土光敏夫が社長を務めていた東芝が製作を担当した。強い材料があまりなかったため試作には苦労したようだが、日本製鋼所の室蘭製鉄所の倉庫に10本ほどあった旧海軍の艦砲の砲身を買ってきて、東芝のタービン工場で円筒体に削って試作機を製作した。「日本海軍の誇る特殊材料」のはずであったが、設計値のスピードまでいかないうちに壊れてしまったという。そもそも、鍛造で造る砲身は、外側と内側が強く中間は弱い。そこに気づかずに、強い外側と内側を切削して除いた円筒体を作ってしまったのだ。結果的に、日本製鋼所は弁償の形で何本か追加したようだ*2。
 さて、東海1号炉である。1960年1月から本格的な建設工事に着手した東海1号炉であったが*3、イギリスのスコットランドのコルビーユ社*4が納入した圧力容器用の鋼材*5に重大な欠陥があることが判明した*6-9。具体的には、厚さ約100mmのアルミ・キルド鋼に、水素ヘアクラックと呼ばれる層状の欠陥が見つかったのである。当該鋼材は、イギリスロイド協会の検査に合格していたのだが、それが通産省の検査基準と違っていたために*6,8、このような問題が生じたらしい。しかし、水素ヘアクラックが生じた鋼材を原子力圧力容器に用いるわけにはいかないという結論に達し、イギリスの受注会社の責任において全数廃棄・再発注ということになった*9。
 発注先として、西ドイツのマンネスマン*10、イギリスのイングリッシュ・スチール*11、日本の日本製鋼所の三つが選ばれたが、主として納期の関係で日本製鋼所に発注した。日本製鋼所は、1961年に原子炉圧力容器を製作し*12、その出来栄えはイギリスの技師を驚かせるものであったという*7。日本製鋼所の圧力容器の採用は、東海1号炉の建設に携わった者にとっては、イギリス過信病から脱却し、日本の技術の優秀性に目覚める一つの動機となったらしい*9。一方、イギリス製鋼板の欠陥については、単なる検査基準の違いだけでなく、1951年から幾度と無く国営化、民営化の間で苦悩したイギリス鉄鋼業界の疲弊が関係しているのかもしれない。

*1 原子力機器材料の歩みとルネッサンスへの対応強化、佐藤育男、日本原子力学会誌、Vol.51、2009、p.362
*2 あの日、あの時-科学技術庁40年のあゆみ、科学技術庁監修、電力新報社、1996、p.132、※文中からは1960年前後に試作されたと思われる。
*3 東海原子力発電所物語、一本松珠き(王偏に幾)、東洋経済新報社、1971、p.147
*4 1871年から1967年まで存在したイギリスのスコットランドの鉄鋼メーカーDavid Colville & Sonsを指すものと思われる。コルビーユ社は1951年に国営化、1955年に再民営化を経て、1967年にBritish Steelの一部として再国営化された。
[url] http://en.wikipedia.org/wiki/David_Colville_%26_Sons
*5 フランスの鉄鋼会社の製品をコルビーユ社が採用したとの説もある。原発メルトダウンへの道、NHK ETV特集取材班、2013、p.138
*6 日本の原子力-15年のあゆみ-(上)、日本原子力産業会議、日本原子力産業会議、1971、p.280
*7 原子力 その不安と希望、岸本康、講談社、1986、p.114
*8 *2のp.87
*9 *3のp.202
*10 1890年にドイツのデュッセルドルフで設立されたマンネスネン鋼管会社を始祖とする企業体を指すものと思われる。
[url] http://en.wikipedia.org/wiki/Mannesmann
*11 1928年にイギリスのヴィッカース社、ヴィッカース・アームストロング社、キャメル・レアード社の鉄鋼部門の合併によって設立されたEnglish Steelを指すものと思われる。1951年の国営化以降、再民営化、分割等を経て、最終的に1967年にBritish Steelの一部として再国営化された。
[url] http://www.gracesguide.co.uk/English_Steel_Corporation
*12 室蘭製作所における原子力発電機器用鍛鋼用の取組み、原子力委員会研究開発専門部会(第8回)議事録、2009、p.4
[url] http://www.aec.go.jp/jicst/NC/senmon/kenkyuukaihatu/siryo/kenkyuu09/siryo5.pdf
by ferreira_c | 2014-03-20 18:30 | 原子力 | Comments(0)
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blogに名を借りたほぼ月記。軍学者兵頭二十八に私淑するエンジニア。さる業界所属ゆえにフェレイラと名乗る。

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