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「ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器>」を読んで

 核兵器を技術的側面からしっかりと考察した名著が誕生した。著者は高エネルギー加速器研究機構に勤める素粒子物理学者である。これが原子力工学出身者であれば、余計な考えを読者に抱かせたかもしれない。なお、"名著"と書いたが、元々2015年3月8日に台場の東京カルチャーセンターにて行われた講演を元に加筆構成しているため、読者はより分かりやすく感じるだろう。
 本書は、核分裂や核融合等の原子核反応の原理の説明に始まり、核兵器の肝である核燃料の精製法(ウラン235濃縮、原子炉からのプルトニウム239抽出)と原子爆弾及び水素爆弾の構造解説を経て、究極の核弾頭の再突入体であるW88を、"これまでに人類が積み重ねてきた核兵器技術の総決算"と紹介することで締め括られている。核兵器開発の歴史に留まることなく、場合によっては著者自ら計算したデータを用いた説得力のある論法によって、初学者にとっても、核物理をある程度知っている者にとっても、より一段と"核"に対する理解が深まると思われる。
 例えば、短くも適切なチェルノブイリ事故の解説に加えて、核暴走事故のチェルノブイリと核分裂反応停止後の冷却失敗事故の福島の違いを明記したり、様々な原子炉の冷却材を比較するにあたって、なぜ高速増殖炉もんじゅがわざわざ水との反応性の強い液体ナトリウムを使っているのかを丁寧に説明したり、原子炉の減速材の特性に触れた上で、プルトニウム240の1kgあたりの自発的核分裂の割合はプルトニウム239の約7万倍になっていること(ウラン235のそれはプルトニウム239の8.0E-4倍)や、プルトニウム239が原子炉の中にそのまま置かれるとプルトニウム240に変換されることに言及することで、核兵器開発疑惑のある国が発電を名目に重水炉や黒鉛炉を運転し、頻繁に核燃料交換を行っているとしたら、いつまで経っても疑惑は晴れないことを指摘したり、高速増殖炉のブランケットを定期的に回収してプルトニウム239を抽出すれば原子爆弾のコア材料を保有できることを示唆したり、IAEAの査察では、ウラン濃縮用の遠心分離プラントを見れば、どの程度の能力があり、原子炉用か核兵器用のプラントか等がすべて分かってしまうほどのプロフェッショナルな人材が携わっていることに触れている。ここまで読んだだけでも、現時点での北朝鮮の核など恐れるに足らないこと、イランの核武装は不可避となっていることや、日本の高速増殖炉開発が潜在的な核武装能力誇示になっていることが理解できる。
 また、読者を飽きさせないために、数多くのエピソードが散りばめられている。例えば、ロシアのスパイ謀殺に使われた殺人放射性核種として一般的に知れ渡ることとなり、初期原爆のイニシエーターでもあるポロニウム210を含む製品がアメリカで簡単に入手可能であることは驚きであった。著者は、日本の原爆開発で有名で、原爆投下の4日後に広島入りし、反応したウラン235が約1kgとまで突き止めた荒勝文策の直系の弟子なのだが、ある日の研究室の大掃除で見つけた大量の鉛筆の芯の入った試験管のエピソードは少々切ない*1。
 まだまだ、この本の良いところは書き足りない。引用している写真はMk-2 Thin Manや、"竜の尻尾のくすぐり実験"(いわゆるデーモン・コア)の再現写真等、インターネットではお馴染みのものを集めており、初学者には新鮮であろう。上路ナオコの脱力系イラストの持つ妙な説得力も楽しい。例えば原子核を結合する強い力を説明するための陽子(ようこ)さんと中性子(ちゅうせいこ)さんを使ったイラストや、液滴モデルによる核分裂や核融合の説明、女子会で盛り上がる様によるDT核融合反応の説明、飲み会の二次会へ三々五々に分かれる様による核分裂モデルの説明等である。また、1ミリも似せようとしない似顔絵にも心暖まるばかりだ。
 再三再四、強調してしまうが名著である。全ての安全保障に関わる官僚、政治家、評論家、研究者は一刻も早く読むべきである。

ミリタリーテクノロジーの物理学<核兵器> 多田将*2著

*1 終戦直後に原子核関連研究が一切禁止された間に、無聊を託っていた荒川研で作ったもので、代々受け継がれていたらしい。
*2 随所に著者のロシア愛が感じられる。鉛ビスマスを冷却材に用いた原子炉を搭載したロシア海軍の潜水艦や、トラブル続きのイメージがついてしまった高速増殖炉の安定運転においてロシアが世界をリードしていることに言及している。
 あと、意図は不明だが、核爆発を図解するときの説明においては、必ず"木亥火暴"と表記したり、徐々を"ジョジョ"と表記している。
*3【補足】軍学者兵頭二十八氏がより分かりやすい摘録を書いているのでリンクを以下に示す。

by ferreira_c | 2015-10-27 08:28 | 書評のようなもの | Comments(0)
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blogに名を借りたほぼ月記。軍学者兵頭二十八に私淑するエンジニア。さる業界所属ゆえにフェレイラと名乗る。

by ferreira_c
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