先日、中曽根“大勲位”康弘が逝去された。大勲位の功績として国鉄民営化が挙げられていた。私は国鉄があまり関係の無い地域であったので、正直どうであったかはほぼ記憶にない。しかし、標題のキーワードを検索するだけでも、どれほど民営化が大変だったかをうかがい知ることができる。いつの頃か忘れたが、国鉄の組合について書かれた山本夏彦のコラムを引用していたブログがあったので一部保存した。これを機会に棚卸してみる。
国鉄の主要労働組合は昭和50(1975)年の11月26日から12月3日までの統一ストライキ(スト権スト*1)に参加した。スト権ストと言っても、今となってはよく分からないが、ストライキを実施する権利を獲得するための大規模な違法ストということらしい。国鉄の列車はほぼ全てストップしたが、国鉄労使が想像したより国民生活への影響は少なく、国鉄の地位低下を象徴した。それまでにも頻発していたストライキに業を煮やした民間会社はいつの間にか輸送手段をトラックに変更していたのである。以下はスト権ストの時期に書かれたと思われる山本夏彦のコラムから引用である*2。
<引用開始>
彼ら(国労*3、動労*4)は一人では弱虫のくせに、衆をたのむと何をしでかすかわからない。それというのも、客に制裁の手段が全くないからで、何によらず一方に制裁の手段が全くないと、一方は増長してとどまるところを知らなくなる。
客は制裁すべきで及ばずながら自分はしていると、日頃わが家に遊びに来た無名の一芸人は慨然として語った。
~中略~
私鉄がストして国鉄がストしない日は、私鉄の客が国鉄に押しよせて国鉄は混雑する。私はそういう日にかぎって、定期も切符も見せないで改札口を通る。改札口の駅員は「オイ」と私を呼びとめる。
「オイとは何だ」と、私はすこしすごみをきかして、やくざ風に低声で言う。ふりむいて、ひたと駅員の目を見る。駅員はかならずひるむ。
彼らは客を普通「オイ」と呼ぶ。「ちょっと」と呼ぶものはすでに稀で、「お客さん」と呼ぶものはさらに稀である。
「テーキ、テーキ」「キップ、キップ」と連呼するものが最も多い。定期ならポケットにしまってあるから、
「持ってる」とうそぶく
「見せてくれ」
「見せない。あしたは順法と称する違法ストだろ。おまえさんが違法するなら、あたしも違法する」
「それではここを通さない」
「もう通ってる」
「出てくれ。規則だ」
「あーそうかい。規則をたてにとる気かい。そんならあしたの違法ストはやらないね」
「そんなこと、知るものか」
「おまえさん、国労かい動労かい鉄労*5かい。国鉄には七つも組合があるんだってね。会社一つに組合七つとは、神武以来の珍事だな。ときにその七つは仲よしか」
私は歌舞伎の下回りの役者で、せりふのつもりだから冷静沈着に言う。決して怒らない。居丈高にならない。バカヤローと言わない。怒ったり言ったりするのは相手である。
目的は野次馬を集めることで、はたして野次馬は黒山のようになって、なかには駅員の胸ぐらをとるものがあるが、胸ぐらなんかとってはいけない。うっかりすると、いつのまにか鉄道公安官が写真をとって、あとで暴力をふるった証拠にする。彼らほど暴力を云々するものはいないから、断じて手出しをしてはいけない。
<引用終わり>
当時の国鉄職員の態度などもうかがい知ることができる。ここで出てくる国労、動労とは国鉄労働組合」、「国鉄動力車労働組合」の略称である。特に動労は「鬼の動労」とも呼ばれた戦闘的な組織であったらしく、組合の綱領に「社会主義社会を目指す」と明記されていたらしい。今となってはそんな時代もあったのかと言うほか無い。ただ、この動労幹部であった松崎明*6は革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)*7創設時の副議長であり、JR東日本労組の委員長も務めた。JR東日本労組は革マル派の牛耳る労組であるとも言われていたが、先日大量に組合員が離脱したことでも知られている。革マル派は立憲民主党の枝野代表との関係も何度も取りざたされてきた組織でもある。山本夏彦は当時のマスコミについてもその報道姿勢を批判するとともに、国鉄職員(労組員?)の態度も再度批判している*8。
<引用開始>
新聞はスト権を与えれば、ストはしなくなると書くことが多い。こういう説をとなえる知識人の説を載せることが多い。
ご存じのように国鉄はスト権がなくてもストをしている。これまでもしたから、これからもする。ベトナム戦争があればベトナム反戦スト、首相が訪米すれば首相訪米抗議スト、他にも日韓条約反対スト、以下たいていのことをストの理由にする。
国鉄が民営になるなら、スト権を付与してもいいという意見がある。国鉄はそれを拒絶している。民営になれば親方日の丸でなくなるからである。民間の会社は景気に敏感である。この不景気にかくも大ぜいの不良職員をかかえていられる企業はない。当然整理するだろう。政治ストなど思いもよらなくなるだろう。だから民営に反対するのだろうと、読者は想像する。
~中略~
私は言葉を扱うことを職業とするものだから、他人の言葉は気をつけて聞くほうである。国鉄の職員は昔からろくに口がきけなかったが、このごろはいよいよきけない。出札口で行先を告げても無言でいる。金を払っても無言でいる。釣銭があればぽーんと放ってよこす。
~中略~
だからもし国鉄が民営になったら、かれらも(普通の口調で)言うようになるだろうが、親方日の丸なら、どんな不景気に見舞われても、言うことはないだろう。彼らは永遠に尋常な口をきかないだろう。
口なんかきかなくてもかまわぬと、国鉄は言うだろうがそれは間違っている。当りまえな口がきけないものは文明人でないばかりか、そもそも人間ではないのである。
なぜこれしきの口がきけないようになったかというと、彼らは管理職や上役と対立して、ある日あるとき、最低の言葉をつかったからである。すなわち「おめえ」「てめえ」「こいつら」「あいつら」などである。上役をてめえ呼ばわりすると、対等どころか自分のほうがえらくなったようで、いい気分である。だから仲間は皆そのまねをした。
けれども、ストのときだけてめえと呼んで、ストがすんだらもとに戻って、敬語をつかったり、帰り道が同じだからと共に帰ったり、上役の細君に辞儀をしたり、お子さんの病気はそのごいかがですか、なんて言えるものではない。ひとたびてめえ呼ばわりしたら、両者の仲は微妙に絶えて、もとにもどらなくなる。朝晩のあいさつは出来なくなる。
「お早う」「こんにちは」「おさきに」が言えないような人間関係は、そもそも人間関係ではない。そこにあるのは敵対関係で、彼らが好んで「敵」と言うのはこのためかと思われる。
くだくだしいからこれ以上言わぬ。彼らは暴徒になったのである。なったのはひとにぎりなのに、なぜ国鉄全体がそれに左右されるかというと、それが「暴力」だからである。ひとにぎりの学生が学生全体を左右する例は、多くの学校に見られる。
その組合員を、学生を、支持するものがあって、支持するものにはそれだけの理があるから、するなと言ってもきくまいから、私は支持するものにそれを確認してもらったほうがいいと思う。「判をもらえ判を」という小文を、私はこの欄に書いたから、あるいはご記憶のひともあろう。私はスト権支持の知識人にその旨確かめて、その人から判をもらって週刊誌はそれを発表したらよかろうと思っている。
<引用終わり>
国鉄の労使関係、当時の労働組合の基本姿勢等が良くわかる文章である。また、今も似たような体質を引きずっているのが日教組ではあるまいか?
また、1977年に左幸子が監督、主演した映画「遠い一本の道」は国労の全面協力を得て作られたという。ウィキペディアによれば、当時の金額で一億円提供したようだ。スト権ストが一般の国民の支持を得られなかったことによるリアクションだったのかもしれない。あらすじは以下のとおり*9。
<引用開始>
女優・左幸子の初の長編劇映画監督作品。高度成長をとげ、かつて、もっとも恵まれた職業と言われた国鉄マンにも時代の波が押し寄せる。近代化、合理化の波に翻弄される労働者の憤り、誇りを、真正面から描いた骨太の政治映画。当時の国労が全面的に協力している。
<引用終わり>
以前の記事で触れた東宝争議のときも、東宝労組は様々な労組と組んで映画を作ろうとしていた*10。昭和二十三年の春にはオール共産党スタッフで「大森林の女」という映画を作ろうとした。当時の東宝の幹部渡辺銕蔵によれば、ロケの予定地が北海道の北見であり、現地の各組合に金をばらまくと共に、旧ソ連軍が上陸したときのための橋頭堡を作るための情報収集の一面があったらしい。同時期に、国鉄労組と東宝労組が組合同志で契約して「炎の男」という映画の製作を企てていた。伊豆長岡の温泉宿を根拠とし、会合を重ねており、渡辺が気づいたときには、既に百万円以上の費用を消費していたらしい。また、電産労組も東宝労組と協議して信州で「深山の雪」という映画の製作に着手していたようだ。東宝争議が解決しなかったら、思想性が強く、興行収入も見込めない映画製作に時間と金を浪費し、早晩潰れていただろう。
*1 https://ja.wikipedia.org/wiki/スト権スト
*2 国労動労を生けどりにする(「かいつまんで言う」中公文庫、p.126)
*3 https://ja.wikipedia.org/wiki/国鉄労働組合
*4 https://ja.wikipedia.org/wiki/国鉄動力車労働組合
*5 https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄道労働組合
*6 https://ja.wikipedia.org/wiki/松崎明
*7 https://ja.wikipedia.org/wiki/日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派
*8 もう一度ご判を(「かいつまんで言う」中公文庫、p.138)
*9 https://www.allcinema.net/cinema/146031
*10 https://ferreira.exblog.jp/29203690/
https://ja.wikipedia.org/wiki/マル生運動
https://ja.wikipedia.org/wiki/労働争議#順法闘争(遵法闘争)